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interviewクラブ・サークルからつながりの和を広げよう。

ART-SOZOとの出会いが、脚本家・小寺和久のアイデンティティを築きました。

ART-SOZOとの出会いが、脚本家・小寺和久のアイデンティティを築きました。

プロフィール

経済学部経済学科 2006年3月卒業 大阪府出身。シャープ株式会社、株式会社KADOKAWAでの会社員経験を経て、趣味で始めた脚本の道に進み、現在はフリーランスの脚本家として活躍。初の監督・脚本作品「一秒の奏でる世界」がShort Shorts Film Festival&Asia2014ジャパン部門優秀賞東京都知事賞受賞。2016年放送、湊かなえサスペンス「望郷~雲の糸~」の脚本を手掛けた。オリジナル脚本の映画「光と血」が2017年春6月公開。

―現在の仕事について教えてください。

現在はフリーランスの脚本家として、映画やドラマなど映像の世界で働いています。原作がある上で、ドラマや映画などの映像用に脚本を書くこともあれば、オリジナル作品のために一から脚本を書くこともあります。
私が脚本を書き始めたのは26歳の頃でした。社会人2年目に転勤で東京に引っ越してから、友だちづくりも兼ねて趣味で編集・ライター講座に通いましたが、自分のオリジナリティを加えて面白い話を書いてみたいと思うように。そしてシナリオ学校に通い出したのが脚本との出会いでした。
それから、シナリオ学校の課題でコンクールに応募した作品がグランプリを取って、映像化することになったんです。その映像作品が今度は映像コンペで賞を受賞して。次は監督も自分でやろうと思って、自主制作した作品が海外作品も集まるShort Shorts Film Festival&Asiaというコンペで大きな賞を受賞し、紆余曲折の後、脚本家を職業にすることを決意し、現在に至ります。

―大学時代はART-SOZOという芸術系のサークルに所属していたそうですね。

はい。仲良くしていた経済学部の友人に誘われて、2年次に入部しました。その友人に出会うまで、写真や絵画など芸術を鑑賞して楽しむという経験がありませんでした。1年次の夏休み、その友人に誘われて京都駅で開催されたマン・レイの写真展に行ったんです。その時、こんな遊び方があるのかと驚きましたね。もともと現代小説や漫画などサブカルチャーに興味はあったんですが、大学に入るまで、一緒に楽しんでくれる友人があまりいませんでした。高校時代は体育会系の部活に所属していて、周囲にはフィジカルを軸とした考え方が多かったんですが、大学でART-SOZOに入って、フィジカルよりメンタルを軸とした文化的な考え方、作品に触れる、人の感性に触れる感動を共有できる友人ができたことが嬉しかったですね。
入部してからは京都の街並みや風景を撮影した写真を展示会に出品していました。普段は自由に活動できて、気の向くままにボックス(部室)に行っては、部員が自由に書き込めるボックスノートに何でもない文章を綴ったり、部員と話したり、一緒に撮影に出掛けたりしていました。芸術全般を扱うサークルだったので、絵画から写真、映画、音楽までそれぞれ詳しい部員がいて、おすすめの作品やアーティストを教えてもらい、サブカルチャーに属するアイデンティティが形成されていきました。


―ART-SOZOの経験が現在の仕事に活きている点はありますか?

「自分が見たもの感じたことを表現する」という点でしょうか。自分の経験をアウトプットする作業というか。芸術って、自分と他人との間に感性を挟むものだと思うんです。ART-SOZOはそういう、自分の見たもの、感じたものを1枚の写真に映し出して表現することを初めてした場所でした。ここでの経験がなかったら、脚本をやってみようとも思わなかったかもしれません。

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